課題の分離とは 人間関係が上手くいくアドラー心理学の考え方

人間関係

あなたが見ている事実は変える事ができます。

今回紹介する【課題の分離】は、相手があなたをどう思うのか、どう評価するのか、どう感じるのかといったことは、相手が判断することであり、あなたの課題ではなく介入することはできないとしております。

こういう人に読んで欲しい

今回読みに来てくれた方が得られる最もシンプルな考え方は
【他人との関わり合いでいちいち悩むなんて、バカらしいことだ!】
という至極シンプルなものです。

対人関係でダラダラと体力を消耗してしまうのは、非常に勿体ないですよね!
僕もいっつもそうです、他人の目を気にして生きてますからね!

はむらいと
はむらいと

僕も精神的消耗の一角は
確実にこの対人関係なので、これを書いている最近は
この課題の分離を強く意識して、精神を保っていますよ。

そういった悩みから解消される為に
【課題の分離】を学んでいきましょう。
読み終わる頃には、少しだけ心が軽くなっているかも!

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余計なことは考えなくていい 課題の分離とは

課題の分離の基本

今回紹介する【課題の分離】は、有名な心理学者アルフレッド・アドラーが提示したもので
相手からあなたに対する判断の軸は

例えば
・相手があなたを好きか嫌いか
・相手からあなたの評価は高いのか低いのか

といった事は、相手側があなたに対して判断する事。と定義しています。

あなた自身の課題ではなく 、相手が決定する事なので、あなた自身ではどうしようもない、という捉え方をした論になります。

つまり、【相手が意思決定する事項においては、あなたが考えてもしょうがない】
といった事をまず理解しろということです。
そんなことは【考えても意味が無い】からなんですね。

相手が意思決定権を持っているものは相手の課題であって、あなたが悩む問題ではないのです。

他者の課題には介入せず、自分の課題には誰ひとりとして介入させない

引用元:アドラー著書【嫌われる勇気】より

闇の人格
闇の人格

じゃあ私の夏休みの宿題が終わっていないのは、誰の課題なの?

はむらいと
はむらいと

君自身の課題だね。
ただし、君自身に問題意識を植え付けて行動を是正しなければいけない。
そういう課題があったとしたらその是正作業は僕の課題だ。
この場合課題が2つ存在することになる。

闇の人格
闇の人格

なんだか、ややこしくない?

はむらいと
はむらいと

この辺は確かにややこしいね。
ただ、誰が取り組むかの主役を考える事で、課題が誰の物かというのは
理解できるよね。

元々は対人関係を簡単に考える為に生まれた

アドラーは、人の悩みは対人関係の悩みと語っていますが
【課題の分離】も、そうした考え方に対する答えです。

課題となるものを、目の前に置いて考えた時に
「この課題に対して誰が解決に取り組むべきか、誰の問題であるのか」
と言ったように
課題自体が誰に帰属していくのかを考えるべきだということです。

そして、あなた自身が課題に対して解決に取り組むべき人物だった場合
「行動をした後の結果を想像して、他人からの評価を考える」
「取り組んでいる最中に、誰かから間違いを指摘されないだろうかと考える」
などの、他人から見た評価や感情に、自分の判断を左右されない事が最も重要です。

これらはアドラー心理学の解釈でよく言われる
「承認欲求を捨て去れ」
といった考え方です。

承認欲求を捨て去った時の、理想的なストレス解放のプロセスとしては下記の様な流れで掴むと良いでしょう。
・承認欲求が無くなる
・他人からの評価が要らなくなる
・他人からどう思われようが、自分の行動が制約されることはない
・結果自分の抱えていたストレスが無くなる。

この様に、対人ストレスを無くすことに繋がっていくのです。

闇の人格
闇の人格

確かに他の人間が居なければ、闇なんて生まれる事もないわね
し、静まれ…私の右前足…。

はむらいと
はむらいと

この考え方の凄いところは
こういった事実に気が付いて、こうして世界中に広まったことだよ。
だから支持されてるんだよね。みんな薄々感じて居たのかもね。

自分の人生に力を注げ 他人に構うな

自分の人生に向き合って、この人生に注力をしろ。
その為に課題の分離を理解し、他人の感情に介入してもしょうがない事実を認識する。

他人の課題に無駄な介入をしなくなることで、心に余裕が生まれます。
所詮人の考えですから手綱は握れません。
判断は相手がするものです。

であれば、自分はまず常識の範囲内で、自分のやりたい行動をしていきましょう。
多少はみ出しても。気にする必要はありません、あなたが必要だと思ってやった行動なので。

物事の見方を変えれば事実まで変わる

角度を変えれば、本当にものの事実が変わります!
ここまで散々、繰り返してきたのはこの側面を知ってほしかったからです。

今までは、他人の目が怖くてできなかった行動も、どうせ他人の考えは制御できないと考えると
「もう少し踏み込んで行動してもイイかな?」
と思うのではないでしょうか。

例えば、人の目を気にして音楽の授業中歌が歌えなかった子も
誰も教室に居ないと思い込めば、その声量を教室中に響かせることができるかも知れません。
もし、教室に誰かが居たとしても、その子の中では誰も居ないので歌うう事が出来たのです。

少し極端な例でしたが、人の行動は多大に人の目の影響を受けている物なので、そちらの視力が多少落ちて居た方が、能力をフルに発揮できるものです。
他人の目はブレーキになってしまいガチ。

節度を持ってやりたい事に邁進していきましょう。

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